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| 街の通り |
街中の看板 |
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ギリシア人歴史家のヘロドトスは「エジプトはナイルの賜物」と、こうエジプトを表現しました。細長く延びたナイル川はエジプトの中央を南から北へ流れ、定期的な河の氾濫が豊穣な大地を形成していきました。人々は生命の糧となる農地をエネルギー源とし、古代エジプト文明を発展させていきました。またナイル川で定期的に起こる氾濫から1年の日数を推測し、「洪水の季節」、「種まきの季節」、「暑さの季節」と、1年を4ヶ月ずつの3つの季節にわけました。
その後、支配階級が生まれ、紀元前3000年頃にメネス王がエジプトを統一。ここから紀元前30年頃までを栄華を極めた古代エジプト文明、ファラオ(王)の時代となります。ピラミッドを建設したクフ王、カフラー王、メンカウラー王、そして黄金のマスクなど多くの秘宝が残したツタンカーメン王などが有名です。その後ローマ帝国、ビザンチン帝国、オスマン・トルコ帝国、イギリスから支配を受けますが、改革派青年将校のエジプト革命により1953年にエジプト共和国として独立しました。1972年にエジプト、シリア、リビアでアラブ共和国を建国し、国旗を作成しました。赤は革命と市民の犠牲、白は国の明るい将来を、黒は抑圧されていた長い年月を表しています。その後、共和国は解消しましたが、中央に国章の鷲を追加し、現在のエジプトの国旗となりました。
長い歴史で育まれた国民性は、海外からの観光客に対して温かく親しみがあり、それを誇りとしています。エジプトの首都はアフリカ最大の規模を誇るカイロです。国の総人口は約6,600万人(2003年5月1日現在)で、国土は約100万平方キロメートルと日本の約2.6倍あり、およそ90パーセントは砂漠地帯です。紙幣はエジプシャンポンドを使用し、1エジプシャンポンドは約20.6円(2003年5月1日現在)。日本との時差は7時間遅れ(日本が正午12時の場合は、エジプトは朝の5時)。4月末から9月末までの期間は、サマータイムを導入していて6時間遅れとなります。成田空港からエジプトまでの直行便は約13時間と長旅です。 |
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| アレキサンドリア市内 |
アレキサンドリアの海 |
ポンペイの柱 |
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カイロに次ぐ第二の都市アレキサンドリア。カイロからは車で約3時間の距離にあり、地中海の海の恵みを豊富に蓄え発展し、「地中海の真珠」と称えられています。約17キロにも及ぶ海岸は、海水が澄んでいて人々の憩いの場となっています。街は、紀元前332年にアレキサンダー大王によって建設され、地名がアレキサンドリアとなりました。その後、一躍世界の中心地となり国際都市として発展し、商業化と自然の自由な雰囲気が各国の魅力を集めるようになりました。
またギリシャやローマなどのヨーロッパの影響を受け、多様性のある文化が育まれてきました。こうした歴史の足跡は、アレキサンドリアに残る建造物などに見ることができます。
観光スポットの一つとしては、ポンペイの柱があります。3世紀頃にディオクレティアヌス帝が建てた寺院だったとされています。400本あった柱は異教徒の手によって破壊され、現在では、高さ約25メートル、柱回り約8メートルの大きな円柱が1本残るのみです。円柱の前には2つのスフィンクスが鎮座しています。 |
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| カイト・ベイの要塞 |
モンタザ宮殿 |
ゆっくりと走る路面電車 |
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アレキサンドリアを象徴する建物の一つがカイト・ベイの要塞です。紀元前300年頃には、高さ約125メートルのファロスの灯台がありましたが、792年の大地震によって崩壊。その後15世紀にマムルーク朝の皇帝カイト・ベイが要塞として建造しました。現在、要塞は修復中ですが、ここから見える地中海の景色は素晴らしいと評判です。
王家の宮殿として1892年に建造されたモンタザ宮殿。格式ある広大な敷地が広がり、現在は美術館となっております。
アレキサンドリア市内の街中に多く見かけるのは広場で、ボールで遊ぶ子供たちやお喋りをするカップルを目にします。アレキサンドリアの名物なっているのは路面電車で、ゆっくりと街中を走る姿はまるでノンビリと時間が過ぎるアレキサンドリアを表しているようです。 |
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| マンシェーヤ市場 |
オンモコロール |
ペットのペリカン |
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| 人当たりのよい店員 |
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アレキサンドリアの庶民の生活を支えているマンシェーヤ市場。観光客はほとんど訪れず、買い物客はほとんど現地の人達です。およそ60年前からアレキサンドリアの発展と共に自然発生的にでき、現在では500店舗もの店が並び、食品から日用雑貨まで不自由なく手に入ります。市場は活気に満ち溢れ、アレキサンドリアで最も大きな規模を誇るというのも納得です。まず市場を歩いていて気づかされるのが、どこもお店でもモクモクとお香をたいているとのことです。お香は商売繁盛を願うためだそうです。
市場で売られている商品はキロ単位で表示してあります。アラビア数字(現地で使用されている古い数字)で書かれた値札が、異国にいることを再認識させてくれます。珍しかったのは生で食べられるというオンモコロールという貝。地中海で採れ、8エジプシャンポンド(約169円)です。食べ方は殻を取って、胡麻だれに付けて食べるそうですが、味の方はというと、塩気が強くあまりオススメできません。エジプトでよく栽培されているモロヘイヤもあります。スープにするのが一般的だそうです。
驚かされたのがペットショップ。ウサギやハトの他に七面鳥と大きなペリカンも売られていました。1500エジプシャンポンド(約3万900円)するペリカンは放し飼いになっているのですが、よく飼いならされていて決して店から出ようとはしません。しかし気性が荒いようで、人が目の前に手を出すと、嘴で突いて威嚇してきます。現地のひとは、面白半分に手を出していました。
エジプトの気候に恵まれていて果物はどれも驚きの安さです。オレンジはなんと1キロで1エジプシャンポンド(約21円/以下、kg)、イチゴ、スイカ、バナナも2エジプシャンポンド(約41円)と信じられないような値段です。理由は分かりませんでしたが、一番高かったのはリンゴで8エジプシャンポンド(約165円)しました。エジプト各地から産物が届くそうですが、なかでもアレキサンドリアで農園を経営するエッデン・フセイン・アハマドさん(47歳)の卸す野菜が評判です。 |
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| 広大な畑 |
説明するエッデンさん |
作業員に指示をする |
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市場に新鮮な野菜を卸しているエッデンさんの農園は、アレキサンドリアの南にあるナハダ村にあります。見渡す限り畑で東京ドーム約13個分に相当します。大体18万8千平方メートルもの大きな農園では、ジャガイモ、トマト、エンドウ、キュウリ、麦、トウモロコシの他に養鶏場を経営しています。常時50人の従業員が働き、忙しいときには臨時で30人雇うそうです。
ジャガイモ畑は年間44トンもの収穫があります。ナイル川の豊富な水とアレキサンドリアの土はジャガイモを作るのに適していて、イギリス、オランダにも輸出しているほど人気だそうです。エジプト人は人一倍ジャガイモに対してのこだわりがあるそうで、エッデンさんが研究に研究を重ね、自信を持って提供しているとのこと。
トマト畑には3万6千本もの苗が植えてあり、従業員の方々に作業風景を見せていただきました。エッデンさんは細かく従業員に指示をしていきます。まずビニールハウスでトマトの種を苗床で育て、1ヶ月後にある程度の大きさになると畑に植え、さらに1ヶ月経つと真っ赤で栄養をたっぷり含んだトマトとなります。従業員の方々が鍬で畑を耕していました。土をやわらかくするのも重要ですが、何より土に空気が入るようにするのが上手に育てる方法だそうです。
最後に案内してくれたのは養鶏場です。農業の経営が上手くいき、最近新しいビジネスとして始めたそうです。6500羽もの鶏を飼育していて、予定では1年間卵を産ませてから、その後お肉としてアレキサンドリアを中心に売っていきたいと考えています。 |
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| 養鶏場にて |
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| 作業を見守るエッデンさん |
世間話をする |
6500羽もの鶏 |
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| インタビューにて |
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元々は材木の輸入業を営んでいたエッデンさんですが、緑が好きで田舎に土地を購入し、8年前に興味を覚え農業の仕事にも着手しました。
独学で勉強しつつ、さらに農業経験者を雇い入れるなどし、農園業は軌道にのり、今では木材の仕事と掛け持ちでやっています。農業は天候に左右されがちなので、投資した分の見返りがないときもあり、苦労したそうです。しかしながら、農園を続けられているのは、種を畑に植えてから芽を出して収穫するまで、一から手をかけるのは子供を育てているような気持ちにさせてくれるからだそうです。
農作物の出来が良かったときには、全ての苦労を忘れさせてくれるのも魅力的だと話してくれました。また自分の仕事を支えてくれている従業員の方々にも、感謝しているそうです。
成功した現在は、二人の子供と奥さんと共に4人で豪華な家で暮らし、仕事での経験を活かし、更に成功したいと考えているエッデンさんの目には、希望と期待が満ち溢れていました。 |
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