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| 「トルコの人々」 |
「ワールドカップで活躍した サッカーユニフォーム」 |
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ヨーロッパとアジアの文化が見事に融合したといわれる国トルコ。オスマントルコ帝国時代に世界にその名を轟かせ、アフリカ、中近東、ヨーロッパと広範囲に渡り大帝国を築き上げました。料理はフランス料理、中国料理に並び世界3大料理のひとつに数えられていて、元々は395年頃から始まったビザンチン帝国の宮廷料理にヨーロッパの食文化とアジア風の料理を取り入れたのが、理由の一つだと言われています。4つの海に面しているトルコは、現在でも自国で食料をほぼ賄えるほど食の豊かな国です。
トルコ語はトルコ共和国の公用語であり、約7000万人の人々が話す日常言語です。国土面積は日本の約2倍の81万4580平方キロメートルです。紙幣はトルコリラを使用し、1円は1万3590リラ(2003年3月1日現在)。国土面積は日本の約2倍の77万4800平方キロメートルです。時差はマイナス7時間、1時間早くなる夏時間が3月4週目の日曜日午前0時から9月4週目の日曜日午前0時までです。トルコの気候は地域によって様々です。温暖で年間を通して雨が多い黒海沿岸、乾燥気候の内陸部、地中海性気候のエーゲ海と地中海沿岸部などに分けられます。
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| イスタンブール全体 |
観光地の一つブルーモスク |
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トルコの地形は、黒海とエーゲ海を結ぶボスポラス海峡を境にアジア側とヨーロッパ側に分かれています。アジア側が大半を占めていますが、ヨーロッパ側にはイスタンブールがあります。1923年ケマル初代大統領によって定められた首都アンカラは近代ビルの並ぶ大都市ですが、国内で最も大きく歴史ある都市はイスタンブールです。330年東ローマ帝国時代からビザンティオン、コンスタンティノープルと名前を変えながら発展している永遠の都イスタンブール。主に旧市街と新市街に分かれ、北側には高級ホテルやビジネスビルが並ぶ新市街、南側には歴史的遺産が集まる旧市街となっています。
イスタンブール市内全体を海上から見物できるクルーズ船もあり、新市街には、ブランドショップ、映画館、ファーストフードなど若者がショッピングを楽しめるイスティクラール通りがあり、石畳の道には路面電車が走っています。旧市街には代表的な建造物が集中しており、アヤソフィア寺院、トプカプ宮殿、ブルー・モスクなどが人気の観光スポットです。
トプカプ宮殿は1467年にメフメット2世の命により建築がはじまり、1478年に完成しました。それから約370年間もの間、栄華を極め宮殿内には約4000人が住んでいたと言われています。ブルーモスクは、スルタンアフアメット1世が計画し8年間の歳月を経て完成しました。オスマン帝国時代に築かれた偉大なモスクです。
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| エジプシャンバザール |
市場の通り |
スパイスバザールとも呼ばれるほどの 香辛料 |
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イスタンブールは、ビザンティン帝国、オスマン帝国という2つの大帝国の首都として長きに渡り輝きつづけた歴史の足跡が多く残っている街でもあります。ヨーロッパとアジアの文化をつなぐ役割として発展した市場も多くあります。
その中でも代表的な市場がエジプシャンバザール。名前の由来はエジプトからの貢物が多く取り扱われていたからといわれている説があります。1662年にモスクから市場になった建物には店舗数が100軒ほどあります。他に建物の外にも数多くの店が出店しています。地元住民や観光客などで混雑し、店員は常に笑顔で迎えてくれます。
市場は、スパイスバザールとも呼ばれるほど香辛料が有名です。ズラリと並んだ香辛料は、甘い、普通、辛いスパイスがあり、野菜、肉、ミント味にカレー用などのスパイスもあります。その香辛料をふんだんに使用しているビーフジャーキーは、1キロ2800万リラ(約2060円)からで、味付けは少々塩辛いです。
香辛料のほかにある自慢の食べ物は乾物類で、ドライフルーツやトルコ菓子に、種類豊富で世界的に有名なピスタチオがあります。トルコ各地から、殻のついたものからないものまで大小様々なものが届きます。人気のものは薄く蜂蜜の塗られたピスタチオで、1キロ500万リラ(約370円)です。
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トルコのピスタチオは 世界的に有名な原産国 |
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流暢な日本語を話す 工芸用品屋さんの主人 |
水揚げされたばかりの魚介類 |
豪快に削ぎ落とす |
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| 出来上がったドネル・ケバブ |
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「こんにちは、お元気ですか」など市場の店員さんは片言の日本語を話す人が多いのですが、工芸用品屋さんのご主人は流暢な日本語を話せるので、商品説明はすべて日本語でしていただきました。「オスマントルコ時代から伝わる陶器は100年以上持ちます。こちらのランプもモスクで使用されているものです」などとすらすら話し、他の日本人観光客も驚きでした。
建物の外の店では、北海やマルマラ海で水揚げされた魚介類を扱っていました。エビ、イワシ、アジなど質も新鮮で充実しています。現地の方々は魚好きが多いそうで、焼いたり、煮たりして食べます。
市場の近くにはトルコの代表的な料理の一つドネル・ケバブが店先で焼かれています。大きな肉の塊は、機械でジュウジュウと回転しながら焼かれていきます。それを長いナイフで豪快に削ぎ落とす姿はダイナミックです。
肉と野菜、タマネギなどをパンに挟んで、ハンバーガーのできあがり。 |
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| 一際目立つのが貴金属店 |
線刻技師の名人 エンデル・エルデムさん(56歳) |
ギョズデ貴金属店の店内にて |
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エジプシャンバザールで一際目立つのが貴金属店です。ショーウィンドーにはキラキラと輝くブレスレットや指輪がきれいに並んでいます。現在は商品の多くは工場で大量生産されるようになったそうですが、今も自らの手で作っている金の飾り細工のプロがいます。金の飾り細工のプロとは、金から貴金属類を完成まで仕上げる職人のことです。
エンデル・エルデムさん(56歳)は名人といわれるほど一目を置かれていて、市場にある40パーセントは彼のデザインだそうです。エジプシャンバザールの一角にあるギョズデ貴金属店を経営しているのですが、店内はガラス張りで、上品で愛想のよい店員さんが金の魅力や商品の良さを教えてくれます。商品の値段は金1グラム1800万リラ(約1325円)と、それにデザイン料が加わります。
キラリと輝く指輪は2億リラ(約1万4717円)からで、高級感漂うブレスレットは3億1千万リラ(約2万2811円)から揃います。お客さんは「このお店には、ブレスレットなど欲しい物が沢山あるから買えるだけ買いたい。よく来るのよ」と話してくれました。
店員さん曰く「エンデルさんのいい所は、時には父親のように商売のノウハウを教えてくれたり、また時には友達のように接してくれるので、親しみやすく気持ちよく働けますよ」とのことです。エンデルさんも「お客には何事もキチンと話せるよう、店員にはある程度自由に働かせることで自主性を持ってもらいたい」という思いがあるようです。 |
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| エンデルさんの作ったブレスレット |
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| 工房での作業を見せてもらう |
作業する従業員 |
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翌日、エンデルさんの工房を見せていただくこととなりました。場所は、エジプシャンバザールから南へ10分のグランドバザールという市場に工房があります。取材スタッフには、金の棒からブレスレットになるまでを紹介してくれました。まず10センチほどの長さでペンの形をした金を何度もプレス機にかけ、薄っぺらな長い棒にします。
その後に不純物を取り除くため高温の火で熱します。そして棒を曲げ、端と端をくっつけてプレス機に固定します。それを機械で捻ります。サイズを測り、棒を切った後にリングにします。最後に花の模様や線刻者のサインを入れて出来上がりです。 |
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| インタビューにて |
家族で食事 |
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インタビューではエンデルさんの生い立ちについて聞きました。エルデムさんの父親は、自動車修理の仕事をしていましたが、一家は貧しく子供に何か儲る仕事はないかと考え、金を扱う線刻の道を勧められました。14歳の時に技芸学校へ入学し、線刻技術の基礎を学びました。
18歳からグランドバザールにあるお店と契約期間を結んで働き出しました。職場には他に5人の職人がいて常に比べられたので、一番手早くきれいに品を仕上げるよう心掛けたそうです。徐々に腕を上げ、27歳のときに結婚し、遂に金の飾り細工のプロとして誰からも認められる存在となり、8年前にエジプャンバザールで念願だった店を持つことができました。有名になった今だからこそ話せるのですが、朝8時から夜の8時まで日の当たらない場所で働くのは本当に辛かったそうです。
仕事の遣り甲斐は、お金を稼ぐのとお客さんと商品のできばえについて話すことだそうです。お客さんに「ここのブレスレットを身に着けていると、毎日外出したくなる」などと褒めてもらった時は、仕事を続けてよかったと思う瞬間だそうです。金の魅力とは、ずばり女性を一番輝かせる高貴なものだと考えているようです。エンデルさんにとって小さい頃からの夢だった、自分の店を出店できたので、あとは4年後に仕事を引退し、釣りでもしながらノンビリと暮らしたいそうです。
現在は機械化が進んでいるので金の飾り細工のプロは少なくなってきているけれど、自分は最後の有名な職人としてプライドを持ち仕事をしていきたいとエンデルさんは語っていました。 |
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